その13:番外編

送信日時 : 2004年 9月 23日 木曜日 20:10

浜松バッハ研究会のみなさま

9月の三澤先生の練習はいかがでしたでしょうか?

あれからもう暫く経ちますが、数日間私はただただ不思議な気分でした。他の人はともかく、自分自身三澤先生の音楽に引き込まれてんなんだかいつもと違うノリの良さを感じました。声ってちょっとしたことで響きが変わる事は承知しているけれども、土曜日のいつもの練習で同じように真剣に響きを求めて歌っていても、いつもいつもこうはいかない。何故なんだ?何故なんだ?何故なんだ?もしかして場所のせいか?以前「歌うホールにあう響きで歌いなさい」と新居の方でやった合宿の時に確かに聞いた事はある。天井が高い方が私は好きだ。積志では感じられない声の「伸び」を感じた。いやそれだけではあるまい。もちろん萩野さんの科学的客観的分析も読ませていただいた。しかし魔法にかけられたような不思議さだけが自分の中に居座ってい た。

さて 以前記した「途中経過」があるから一応結果報告をしなければ、と思っていました。9/10にy・N先生のレッスンがあり、私はこのレッスンを心待ちにしていた。しかし実際はあの7月中旬ごろに掴んだかのようだった発声は例の10分の2ぐらいの低確率でしかできず、肝心のレッスンの時にはそれはできなかった。これでもか、というほど先生から言われた言葉は「もっと上から」「口の中を広く」という、いつも聞かされていた言葉でした。しかも自分の響きの何倍もある響きを聴きながらのレッスンで、いかに自分が下手なのかを思い知らされました。みんなに「のど声とさよならしましょう」なんてさんざん言っておきながら先生からは「のどに頼ってる」って言われました。言われただけじゃない。歴然とした差がそこにあるのです。先生と自分のこの違いは何なんだ?音の膨らみ方が全然違う!あー私はなんてダメなんだ。今回は結構シビアな事も言われてしまいましたがとてもいいレッスンでした。

今私は凹むことなく新たなチャレンジをしています。7月に掴みかけたことは決して無駄ではないと信じるし、いま探していることも今度こそ近づいていると信じている。私っておめでたい人間なのでしょうね。

私は今まで口の中の空間を高く広げる時に鼻の裏とか目の奥を意識して広げていましたが、肝心の軟口蓋の奥の方を高く保つということに関してはあまりにも無意識であり、垂れ下がっていたに違いない。そこを高く保とうとすると、なんだか変に力が入るような気がします。のどに力を入れないということは注意されていたし、そこは自分の意識では踏み入れてはいけない場所のような気さえしていました。しかし口の中を広くと言われ続けて、もうそこを考える以外に他には方法はないのではないかという気がしています。

こうした試行錯誤が私には楽しく感じられます。9/5の三澤先生のレッスンでは先生のおっしゃった「基本から離れるために基本を学ぶんだ」というお言葉がとても印象的でした。ツェルニーで苦戦している娘も心に残ったようです。

「誰も知らない」という映画、まだ見ていませんがその映画監督がこんなことを言っていました。「もっと大人の人にはイメージしてもらいたい。イメージしようとしないからわからない。」・・・「えっ?????」

さあこれで本当におしまい。ではさようなら。