その7:息を流す、または回す

送信日時 : 2004年 9月 7日 火曜日 21:54

今回は「息を流す・回す」を、出来るだけ科学的・客観的に考えてみます。今までで最も長くなりますが、よろしくお付き合いください。

そもそも良い状態で歌える場合は、良くない時とどこが違うのでしょうか。昨年10月の最初の練習は萩野が指導を担当しましたが、その時はパートの人数バランスもソプラノが少なく、練習の2曲目としてシュッツのモテト"Also hat Gott..."SWV380を最初に歌った時は、ハーモニーも音量バランスも声の質も悪かったのですが、その直後に歌詞の意味を皆で話し合う時間を設け、萩野がある程度のまとめを行い、その直後にもう一度歌い出したら、三澤先生の練習の時のような素晴らしい響きが出て、大変感激しました。その時のことを思い出すと、以下のような要因が浮かびます。

・その曲の練習はその年の7月から行っていて、また見開き2頁の短い曲でもあり、音と言葉とその意味は皆の頭に既にかなり刷り込まれていた。
 →さすがに音取り完了直後ではうまく歌うのは無理。音・言葉・その意味などがある程度体に刻み込まれている必要がある。今「マタイ受難曲」の三澤先生の練習はまだ1順目でもあり、今回初めての人はまだ手探り状態だと思うが、既に「マタイ」を演奏会で歌ったことがあるベテランは、この段階までは出来ているはず。

・最初はうまく歌えなかったが、2回目には素晴らしくなったのは?
 →その間に、皆で歌詞の持つ意味を考えてもらうコーナーを設けたため、この音楽の持つ世界に皆が入り込めた。すなわち精神面での雑念が減り、音楽について考える割合が高まった。身体的には多分アドレナリンも少し増して、わずかに興奮状態にもなったのだろう。三澤先生の練習時でも、最初にお話から入られる場合は、皆の注意を引き付けると共に、皆の頭を日常的なところから音楽の世界に切り替える役割りがあると思われる。

・次に「素晴らしい響き」とは?
-まず曲を歌い出す直前の緊張感が違っていた。1回目に歌い出す直前は多少ざわついた雰囲気だったのに対して、2回目に歌い出す直前はピーンとした静寂がその場を支配した。つまり歌い出しのための指揮者の合図に対する精神的な集中度が明らかに高まった。
-その結果、歌い出し前のブレスが揃い、かつ深くなり、皆が息を吸う音がはっきり聞こえた。それゆえ身体的にも良い発声ができる条件が整った。そうなると不思議なもので、何も注意しなくても各パートのピッチや音質が揃い、ハーモニーやパート間の音量バランスまで整った。当然全員が歌い出すタイミングもピタッと揃った。

・それでは「素晴らしい響き」を常に得るためには?
-自分が歌うべき部分の音・言葉(意味も含めて)が頭に刷り込まれていること。これについては特に毎週の練習に参加できない方、今回初めて歌う方は、自宅で練習教材CDや既成音楽CDを聞く、あるいは聞きながら一緒に歌うなどして、頭に刷り込んで行く必要がある。
-曲を歌い出す前に、身体的なウォームアップ(発声練習)をすることに加えて、何らかの精神的なウォームアップが必要ではないか。例えば...三澤先生に練習を始めていただく直前の発声練習の最後に「マタイ」のコラールのどれかを歌ってみる、あるいは1~2分間沈黙・瞑想して、これから歌う部分の筋書きを頭に浮かべる、など。
-各合唱曲の最初の頁がすぐ出るように楽譜に見出しを付ける...なども、細かなことだが、まだ曲に馴染んでいない人には、一瞬でも早くその曲を歌う準備(心構え)をするために有効な工夫のひとつ。また歌いながらその内容を考えるために、合唱が参加する曲の歌詞の訳の楽譜への転記も、合宿前までに完了しておこう(ドイツ語を見れば意味がわかる人は別だが)。
-歌う時の呼吸方法として「息を吐き切ったところで体の力を抜くと、体が元に戻り、自然に息が入る感じで吸い込む」と説明しているものがあるが、萩野が思うにこれは一瞬のうちに深呼吸並みの息を吸う訓練の出来たプロのための助言。アマチュアは多少時間をかけてでも毎回深く吸うことを強く意識すべき。そのために、前に充分休みがある歌い出しは、遅くとも2拍前から吸い始め、1拍前までに吸い切って、歌い出す構えを作る(三澤先生の歌い出しの合図が必ず2拍前から始まっているのに、皆さんお気付きだろうか)。また曲の途中のカンニングブレスは、小節変わり目の音符の隙間でチマチマと吸い込む癖は早く捨て、弱拍などを目安に思いきって1拍以上抜いて、しっかり深呼吸する。

プロやレベルの高いアマチュア(9/5の練習時の合唱II-Tenのお二人など)は、良い発声のできるフォームを覚え込んでいて、それをかなりの確率で確実に再現できる、という部分もありそうです。良い対照例として、演技に定評のある俳優さんのお話を2つ紹介します。
・「ナースのお仕事」シリーズなどでお馴染みの女優の松下由樹さん
喧嘩・口論シーンの撮影前は、楽屋にいる時から臨戦体制万全とばかりに気合いが入っている、とのこと(「ココリコ・ミラクルタイプ」の裏話より)。
・ER緊急救命室などで有名な男優のジョージ・クルーニー
撮影直前まで、ドラマとは無関係の冗談を言って周囲を笑わせているが、撮影開始のカチンコが鳴ったとたんに真剣な演技に入れるため、むしろ周りがついて行けない場合があるとのこと(彼の主演SF映画「ソラリス」DVDの「メイキング...」による)。
 まあ血液型などにもよるのでしょうが、一般的に切り替えが速いタイプは男優に、早くから役に入り込むタイプは女優に多いようです。どちらが良いか? 結果が良ければどちらでも良いと思います。

プロのような素早い精神的な切り替えや、良い発声条件の確実な再現ができない大部分のアマチュアは、要は早めに精神的に音楽に集中するように努める、ということでしょうか。皆様の精神的な集中を阻害する要因を持ち込んでいる萩野としては心苦しい限りですが、約10年前、練習場にもっと幼児の数が多かった時でも良い響きが得られることはあったのですから、幼児が練習場にいることが直接関わるものではない、と信じることにします。合宿までにまだ1ヵ月余りありますので、それまでに通常練習で色々と試してみましょう。